「かぎ針編み」のステッチの中に、ひと粒のビーズを落とし込む。
それは単なる装飾の追加だけでなく、編み地という「面」に、ビーズという「点」で模様を描く作業までを可能にします。
一見、難解に感じられるビーズ編みですが、その本質は極めて法則的。
小気味よいテンポを守ることで、整然とした美しさが現れます。
ビーズという要素が加わると、完成作品の表情に、予測しきれない「未知」が与えられます。
本稿では、かぎ針編みの延長線上にある「ビーズ編み」を、その技法だけでなく「素材の対話」として解剖します。
Index
「芸術」から「クラフト」へ広がった、ビーズの歴史
ビーズは、手芸素材として身近な存在ですが、実は世界中の文化や歴史と深く結びついてきました。
世界各地の研究や展示では、ビーズが装飾品としてだけでなく、通貨や社会的・宗教的象徴として用いられてきたことが紹介されています。
こうした文化的役割の中で、ビーズの「色」も重要な意味を持っていました。
古代エジプトでは青が再生や天を象徴し、アフリカや北米の文化では、色の組み合わせによって身分や信仰、人生の節目を表す役割を担っていたとされています。
中世ヨーロッパでも、特定の色は貴族や宗教的象徴と結びつけられていました。
こうした背景を知ると、いつも使っているビーズが、少し特別な素材に感じられるかもしれません。
そこで本稿では、ガラス工芸史やビーズ史に関する複数の資料をもとに、ビーズがどのようにして現在のクラフト素材へと広がっていったのか、その歩みをたどっていきます。

「芸術品」から始まったビーズ
― ヴェネチアンビーズの時代
中世ヨーロッパにおいて、ビーズは庶民の手芸素材ではなく、特権階級のための希少な工芸品でした。
その頂点に君臨していたのが、ヴェネチア共和国(現在のイタリア・ヴェネツィアを中心とする独立国家)です。
ヴェネチアは中世ヨーロッパにおいて、ガラス工芸の中心地として栄えました。
13世紀、ヴェネチアはガラス工芸を国家産業として保護。
1291年には、火災防止と技術流出の防止を目的として、ヴェネツィア市内のガラス工房がムラーノ島へと集約されました。

(Wineglass, Italian, Venice, Murano, 1860–75, The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)

(Roman-style bowl with clear and multicolored band decoration, Italian, Venice, Murano, ca. 1870, The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)
これにより、ムラーノは世界屈指のガラス技術拠点としての地位を確立します。
ムラーノのガラス職人は、特別な法的保護を受けるなど、社会的に高い地位を与えられていました。
ここで生まれたのが、
・クリスタッロ(水晶のように透明なガラス)
・ミルフィオリ(色ガラスの層が花模様の断面を生む装飾技法)
・ランプワークビーズ(火で溶かしたガラスを巻きつけて作る小さな飾り玉)
などの、非常に芸術性の高い技術です。

(Bottle with stopper, Italian, Venice, Murano, ca. 1860–80, The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)

(Candelabrum (one of a pair), Italian, Venice, Murano, 18th century, The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)
ムラーノで生み出されたガラスは、貴族邸宅や教会の装飾にも広く用いられました。
宮廷文化と深く結びついた工芸として発展し、こうした高度なガラス工芸の中から、装飾品としてのビーズも生み出されていきます。
ビーズは単なる装飾ではなく、王侯貴族の装身具や宗教装飾、国際交易品として扱われました。
ルネサンス期、ヴェネツィアのガラスビーズは交易路で非常に貴重な商品となりました。
ビーズはシルクロード経由でアジアへ、サハラ砂漠を越えてアフリカへ、さらにヨーロッパの探検家や商人によってアメリカ大陸へも運ばれました。
特にアフリカでは、ビーズは通貨や地位・富の象徴として使われ、金や象牙との交換にも用いられました。
こうしてビーズは、装飾品であると同時に「交換価値」を持つ交易品として、世界各地へ広がっていきました。

(Beads, Glass, Italian, Venice (Murano), 19th century, The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)

(Beads, 33, Italian, Venice (Murano), 18th century (?), The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)
「クラフト素材」へと移り変わっていったビーズ
― ボヘミアが生んだ産業の転換
ビーズ文化を大きく変えたのが、ボヘミア地方(現在のチェコ共和国西部)です。
中世後期から近世にかけて、ボヘミアではガラス製造が急速に発展しました。
この地域は森林資源が豊富で、ガラス窯に必要な燃料を安定して確保できたこと、さらに石英や石灰、カリなどのアルカリ原料が手に入りやすかったことが、ガラス生産に適した環境を生み出しました。
ヴェネチアのように国家が産業を厳格に管理する体制とは異なり、ボヘミアでは各地に分散した工房が競い合う形で技術革新が進みました。
この自由な生産環境が、効率化と量産化を加速させていきます。

(Beaker with Beaded Band, Bohemia, ca. 1820–1840, The Art Institute of Chicago, Public Domain)

(Bottle, Made in Bohemia, Czech Republic, 1763–79, The Metropolitan Museum of Art, Public Domain)
18〜19世紀、ボヘミアのガラス産業では機械生産が導入され、均一サイズのビーズが大量に作られるようになり、工場での生産も拡大しました。
その結果、安定した品質のガラスビーズを大量に、比較的低価格で供給できる体制が整います。
ヴェネチアのビーズが、王侯貴族や宗教装飾のための高級工芸品であったのに対し、ボヘミアのビーズは、一般の手工芸や衣服装飾に広く使われるようになりました。
ビーズは、特別な階層のための装身具から、手を動かして装飾を生み出す人々に寄り添う素材へと変化していきます。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、世界のデザイナーたちがオートクチュール作品にボヘミアのビーズを取り入れ始め、ガラスビーズは世界のファッション業界において重要な素材となりました。
― シードビーズがもたらした世界的装飾の広がり
ボヘミアで発展した量産技術は、極小サイズのガラスビーズ ―「シードビーズ」と呼ばれるビーズの普及にもつながっていきます。
この小さなビーズは、ビーズ織や織機を用いた装飾、刺繍など、精緻な模様を生み出す多様な技法を可能にしました。

(Beadwork Picture, France, early 19th century, Public Domain)

(Sampler, Mexico,1848–49, Public Domain)
こうした技法は世界各地で独自に発展し、シードビーズは繊細な装飾を可能にする素材として広く用いられるようになります。
各文化は、それぞれの美意識や象徴表現に合わせてビーズ技法を取り入れ、多様な装飾文化を生み出していきました。
その後も素材や加工技術の進歩によって、シードビーズを用いた装飾はさらに複雑で精密な表現を可能にし、現在のビーズクラフトへとつながっていきます。

(Glass beadwork, Lakota storage bag, late 19th century, Public Domain)

(Cape for an Ecclesiastical Figurine, France, mid‑19th century, Public Domain)
糸とビーズが織りなす装飾
19世紀ヨーロッパでは、針仕事は家庭芸術であると同時に、女性の教養や洗練された気品を象徴する文化でもありました。
そうした時代背景の中で、ビーズクロシェによる装飾ロープやアクセサリーが広く作られるようになります。
芸術的な感性だけでなく、模様を正確に構成するための計画性も求められるビーズクロシェ技法を用いて、当時の女性たちは、財布やネックレス、シャトレーヌ・フォブ※といった精巧なアクセサリーを制作しました。
※鍵、はさみ、時計などの身の回り品を、ベルトや腰から吊り下げて持ち運ぶための装飾的なチェーン付き道具セット。

(Miser's Purse, France, 19th century, Public Domain)

(Miser's Purse, France, 19th century, Public Domain)
ビーズクロシェは、あらかじめ糸や細いコードにビーズを通し、それを編みながら模様を作り出します。
ビーズの配列は編み始める前に設計する必要があり、糸とビーズを組み合わせることで立体的な装飾表現を生み出します。
この技法によって、幾何学模様から流れるような装飾模様まで、多様で精密な表現が可能になりました。
ビーズクロシェは、ネックレスやブレスレットなどの装身具だけでなく、ハンドバッグやベルト、衣服装飾にも広く用いられました。
20世紀初頭に一度人気が衰えたあとも、ビーズクロシェの技法は東ヨーロッパ、特にハンガリーやウクライナ、バルト三国などで伝統衣装の装飾として用いられ、その実用的な知識が世代を超えて保存されてきました。

(Woman's bag (reticule) and stocking purse, Europe, ca. 1830-1850, Public Domain)

(Bag, mid-19th century, USA, Public Domain)
かぎ針編みの表現を広げるビーズクロシェ
こうした伝統技法は、長い時間をかけて受け継がれながら、現代のクラフト文化の中にも息づいています。
現在では、ビーズクロシェは特別な装飾技法というだけでなく、手芸として楽しめるクラフトとして世界中で親しまれるようになりました。
糸の柔らかさとビーズの輝きを同時に表現できる点は、大きな魅力のひとつです。
シンプルな編み地の中に光の粒を編み込むことで、編み物の表現はさらに広がります。

そしてビーズクロシェは、単に装飾を加える技法ではなく、
「どのようにビーズを配置するか」
「どの編み地と組み合わせるか」
といった設計そのものを楽しむことのできるクラフトでもあります。
本稿では、かぎ針編みを楽しむ方に向けて、ビーズクロシェという表現の世界を紹介しています。
かぎ針編みの「すぐ先」にある世界として、ビーズ編みの魅力を一緒に探っていきましょう。

ビーズクロシェ作品の特徴
ビーズクロシェは、かぎ針編みのステッチを編む際に、あらかじめ糸に通しておいたビーズを一つずつ編み込んでいく技法です。
ビーズを編み込むことで、通常のかぎ針編みとは異なる華やかな表現を楽しめます。
ビーズの配置によって図案を表現する作品では、編み進めるとあらかじめ設計された模様が自然に現れていくのが特徴です。
模様編みのかぎ針編みステッチとビーズ配置を組み合わせた作品は、より複雑で、アーティスティックな印象を与えます。
また、使用するビーズの光沢の有無や色の組み合わせによって、雰囲気を大きく変えられるところも楽しさの一つです。
ビーズクロシェは、アクセサリーやポーチなどの小物から、ショールの装飾まで、幅広い作品づくりに応用することができます。

ビーズクロシェの基本の流れ
ビーズクロシェは、一見すると特別な技法のように見えますが、基本となる動きはかぎ針編みの延長にあります。
ただし、通常の編み物とは少しだけ発想が異なり、作品を考案する際は「ビーズで模様を表すための設計」から始まることも多いのが特徴です。
実際に編む際には、デザイナーが設計したビーズ配列や図案にしたがって進めていくため、編み手が模様を一から設計する必要はありません。
ここでは、ビーズクロシェの基本的な流れを順に見ていきます。

模様はビーズの配列によって表現されます
ビーズクロシェの作品には、すべてのステッチにビーズを編み込むものもあれば、あらかじめ設計した模様が浮かび上がるよう部分的にビーズを編み込んでいくものもあります。
すべてのステッチにビーズを編み込む作品では、ビーズの配色を変化させることで模様を表現することもできます。
ビーズを糸に通して準備します
ビーズの配色を変えて模様を表現する作品では、編みはじめる前に、模様を構成する配色にしたがって糸にビーズを通していくという緻密な計画が必要となります。
ステッチのところどころにビーズを配置することで模様を表現する作品では、模様づくりに必要な数のビーズを糸に通していきます。
ビーズを編み込みます
ビーズを編み込む方法は、通常のかぎ針編みのステッチに、ビーズを引き寄せる動きが加わるだけです。操作感はほぼ変わりません。
ビーズを通すという、時間のかかる準備段階を経てからのステッチは、とても心地のよい工程といえます。
模様の配置にしたがってビーズを編み込んでいく作品では、模様の図案を確認しながら、特定のステッチにビーズを編み込んでいくことになります。
実際に編めるビーズクロシェ作品
ビーズクロシェのリストウォーマー

今回ご紹介する作品は、目を増やしたり減らしたりすることなく、筒状にまっすぐ編めるリストウォーマーです。
土台となるかぎ針編みステッチは、ごくシンプル。
図案にしたがって、特定の位置にビーズを編み込んでいくことで模様が現れます。
使用するビーズは1色です。
あらかじめ糸にビーズを通しますが、このとき厳密に個数を数えなくても、模様に必要な数を超えていれば問題ありません。
ビーズは編み地の裏側に出るため、編み地の裏を作品の表として使用します。
用意するもの
・中細ウール毛糸 ・・・ 25g
サンプル作品:元廣 オリンピック 純毛中細(25g玉巻95m)を使用。
・グラスビーズ 丸大 ・・・ 片手:324個、両手:648個
サンプル作品:TOHO 丸大 ビーズ B-46(えんじ)を使用。
・4号かぎ針
・ビーズ通し針
KAWAGUCHI ビーズ通し専用針 10cm を使用。
編み図
出来あがりサイズ
11 cm(縦)× 9 cm(横)
ゲージ
5 cm四方で、縦12.5段 × 横13目
編みはじめる前の準備
片手分のビーズ 324個を、ビーズ通し針を使って糸に通しておきます。
片手を編み終えたら、もう一方を編む前に、あらためてビーズ324個を糸に通します。

作り方
①伸縮性のある作り目で48目編み、最初の目に引き抜いて作り目を輪にします。
ご参考:かぎ針編み「伸縮性のある作り目」の編み方
②1段目はこま編みをします。
編み図に掲載の図案は、1つのマス目が1目となります。
図案にしたがって、白いマス目にあたる目にはビーズを編み込まず、グレーのマス目にはビーズを編み込みながら、こま編みで1周します。
③2~26段目は、すじ編みをします(前段の目の頭の向こう側1本を拾います)。
25段目までは、図案にしたがってビーズを編み込みながら編みすすめ、26段目はビーズを編み込まずに1周します。
26段目を編み終えたら糸を切ります。
④同じものをもう一つ編みます。
先に毛糸にビーズを通し、同様に①~③の手順で編みます。
⑤両手ともに完成したら、スチームアイロンを(蒸気だけを編み地に当てるように)浮かせてかけ、編み地を整えます。

編みはじめの糸端は、伸縮性のある作り目の切れ目をつなぎ合わせるように糸処理します。
ビーズの編み込み方 ーすじ編みー
以下は、すじ編みにビーズを編み込む手順を解説しています(糸の太さや土台の編み目は作品と異なります)。
こま編みもこれとほぼ同じ要領で編むことができ、こま編みの場合は[1]で前段の目の頭2本を拾って編む、という点だけが異なります。




ビーズと歩む、これからの創作
ビーズクロシェは、かぎ針編みの基本にビーズを組み合わせることで、幅広い表現を楽しめる魅力的な技法です。
歴史をさかのぼれば、ボヘミアの量産ガラスビーズから19世紀ヨーロッパのアクセサリー、そして現代のクラフトまで、多様な文化と技法の中で育まれてきました。
ここで紹介した基本の流れを理解すれば、デザイナーの編み図に沿って作品づくりを楽しむことができます。
ぜひ、ビーズクロシェの世界で、あなたらしい奥行きのある作品を生み出してみてください。

ビーズクロシェの世界を広げる作品

Ronique 著書
「レース針でクロシェジュエリー」発売中
The Kindle eBook and paperback of the Japanese edition of "Crochet Jewelry with Beads" are now available on Amazon.
This book features 24 jewelry designs, showcasing the technique of bead crochet using lace hooks and fine yarn.
Accompanied by instructional videos for all pieces!
リストウォーマーの次におすすめの作品

かぎ針編み「雪柄のハンドウォーマー」編み図
このページでご紹介したフリーパターンのリストウォーマーが編めたら、少しの応用で編めるのがこちらの作品。
親指を出すことができるハンドウォーマーです。
筒状に目数の増減なく編み進めることができます。
模様は手の甲側にしかないため、華やかさはアップしつつも、ビーズの個数が極端に多くなることもありません。
かぎ針編み「花柄のハンドウォーマー」編み図
こちらの作品は、「雪柄のハンドウォーマー」の柄違いのハンドウォーマーです。
模様を変えて、色を変えれば、着替えが楽しいファッションアイテムとして肌寒い季節を彩ってくれます。
色合わせを考えるのも、ビーズクロシェの面白さの一つですね。
ビーズクロシェの手が止まらなくなったらぜひ。


かぎ針編み「ビーズ編みブローチ」編み図
こちらは、ビーズジュエリーの予行演習にぴったりの小ぶりな作品です。
ビーズとウールの組み合わせは、温かみと輝きが混ざり合い、やさしい華やかさを放ちます。
短時間で完成させられるので、色違いで編むのも楽しい作品。
余り糸消費にもおすすめです。
参考文献・出典
・British Museum Collection Database
・Corning Museum of Glass (CMoG)
・BEADS ALL OVER THE WORLD
・Murano Online Magazine
・Beadmaking in the Czech Republic: Bohemia’s Glass Bead Legacy (beads.co)
・The History of Czech Glass Beads (Artbeads Blog)
・History of Czech Glass (Harlequin Beads)
